建築家インタビュー
西沢立衛
西沢立衛/にしざわ りゅうえ
西沢立衛建築設計事務所
1966年 東京都出身
理系というよりは美系
――まずは、西沢さんの建築の原点みたいなところからうかがいたいと思います。
大学に入る時に建築を選ばれたのは理科系で芸術方面も好きだったからということですが、芸術と言っても幅広いですね。どのあたりに興味をもたれていたのでしょうか。
西沢
音楽とか映画とかですね。工学部に進むにあたって、電気や情報処理、船舶とか土木ではなくて建築を選んだのも、どちらかというと芸術的な、もうちょっと感覚的なもののほうが好きだったからだと思います。
――文系よりも理系のほうが得意だったのでは?
西沢
文系、理系ってありますけど、美系というのもあるじゃないですか。僕はどちらかというと美系だと思うんですよね。母親が数学の先生だったので、数学は好きでしたけど、でも根本的に、理系の人というよりは美系じゃないでしょうか。当時美大の存在を知っていれば、美大に行っていたと思います。
――美系が好きだったけれども、美術大学を探して入ろうという気はなかった?
西沢
美大というものがあるとは思ってなかったから、進路を選ぶにあたって、美大という選択は当時はなかったですね。文か理のどちらかしかなかった。日本の子供ですから、非常に受け身で、提示されたオプションの中から選ぶわけですよね。「そうするとまあ君は理系かねぇ」とか先生に言われて行ったんです。でももともと理系の人じゃないと思います。
――当時、絵を描いたりはされたんですか。
西沢
絵は好きでした。でも兄のほうがうまかったんじゃないかな。僕の兄や姉は美術の先生にほめられていた記憶がありますが、……僕もほめられたかもしれないですが憶えてないですね。
――鑑賞するほうでは、たとえば、マティスが好きだったとか、ジャッドが好きだったとか、特にこれが好きだ!というのはあったんでしょうか。
西沢
特になかったですね。もちろんマティスを見ていいなとか思ったことはあったと思いますが、でも当時は、絵についてとくに勉強していなかったし。
――まだ10代ですからね。
西沢
そんなによく分かってなかったと思いますよ、描くのは好きでしたけれども。
――作品集に、よくスケッチが入っていますが、あれは西沢さんが描かれたものなんですか。
西沢
僕が描いているのもあるし、事務所のみんなが描いているものもあります。アトリエ工房での活動は集団競技ですからね。僕が指導して描いてもらう絵もあるし、僕が描いたのを誰かに直させる場合もある。みんなでつくっていくわけです。
伊東さんの言葉
――学生時代には伊東事務所と妹島事務所でバイトをされて、このお二人には大きな影響を受けたということですが、伊東さんからはどういう影響を受けましたか。
西沢
伊東さんという人は僕が初めて会った、生身のというか、等身大の建築家でした。それまで大学で学んだ言葉というのは、もっと科学的というか、客観的なものなわけです。建築基準法にしても、構造力学にしても、そういうのは科学というか、すべての人に当てはまるようなものなわけですよね。たとえば、地震があると3階と4階が3センチずれるというのは、誰にとっても起きることなわけです。大学では、そういう科学的な言葉というものを学ぶわけです。ところが伊東さんの言葉というのは、もちろん科学ではあるんだけど、その中心に、自分はこう思っている、人はどうあれ自分はこう思うんだという、中心に「自分」というものがあったんですね。伊東さんは理論の話をするにしても、都市の話をするにしても、「俺はこう思うんだ」と、そしてその次には「お前はどうなんだ」と。それは驚きで、最初に伊東さんと長くおしゃべりをしたときは非常な衝撃を受けました。ただその後いろいろ考えていくうちに、都市も歴史もどちらかというと客観的にできているというよりは、俺はこう思うという、そういうものの集合体でできているのだというふうに思い始めて、そういう意味では、大学で学んだ科学としての言語も、伊東さんを通して学んだ主体としての言語というのも対立することではないのだ、と徐々に思うようになりました。
――「俺は」ということで自分を主語として考えるというのがひとつの転機みたいなものになったわけですね。
西沢
そうですね。中心に個人の思想がない限り、何をしゃべってもむなしいということです。でもそれは大学の授業ではあまり考えなかったですね。
――そのように授業で語る先生もいらっしゃらなかった。
西沢
ただ、科学としての言葉、科学的に建築を考えるということに、僕はたいへん影響を受けました。今も影響を受けていると思います。だからそれはどちらが不要とかいうことではないのです。
――今、西沢さんが先生もやられていて、「俺はこう思うが君たちはどうなんだ」というような問いかけみたいなことはやはりされるんですか。
西沢
僕は個人経営の建築家で、自分が組み立てるとしたら都市というのはこうなる、僕にとって素晴らしい通りというのはこういうもので、素晴らしい住宅というのはこういうもんだというのは、自分で悩むことはできるけど、他人の悩みとそれを克服する戦いを僕が代理することはできないので、やはり僕が考える場合はこうなるということを言います。それがどこまで普遍的なもの、他人も共感し、共有できるような、開かれたものにできるかというのは僕の問題なんですけど、でも始まりにやはり個人の独創というものがあるのは間違いないと思いますね。同じように、学生には僕が言うとおりにモノをつくってほしくないのです。あくまでも自分がこれだと思う道を歩んでほしいと思います。
ウィークエンドハウス, 1998
外観
設計=西沢立衛建築設計事務所
©Jin Hosoya
ウィークエンドハウス, 1998
内観
設計=西沢立衛建築設計事務所
©Jin Hosoya
ディオール表参道, 2003
外観
設計=SANAA
©SANAA
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