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建築家インタビュー
乾久美子
乾久美子/いぬい くみこ
乾久美子建築設計事務所
1969年 大阪府出身
倉方俊輔/くらかたしゅんすけ
建築史家・大阪市立大学大学院
工学研究科准教授
1971年 東京都出身
東日本大震災がおきて100日あまりが経過しましたが、震災の傷跡が今なお生々しく残り、遅々として進まぬ復旧作業をみるにつけ、政府の緩慢な対応に苛立ちを覚えます。多くの家やまちが被害をうけ、我々にとって避けては通れないまちの復旧については、2011年2月26日に宮崎県延岡市で開催された「延岡駅周辺整備デザイン監修者」のプロポーザルコンペに当選した乾久美子さんのインタビューは、建築関係者のみならず、多くの人にヒントになる言葉がちりばめられています。
今回のインタビュアーは建築史家であり、気鋭の建築評論家でもある倉方俊輔氏を起用し、今回の延岡市のコンペについてや、まちづくりのあり方について、乾さんの考え方を語ってもらいました。
ぜひご一読の上、ご感想をお寄せください。
Aプロジェクト室室長 大島滋


倉方俊輔氏(以下、倉方)
最近、乾久美子さんを取り囲む状況が、少し変化してきたのではないかと思います。大きな仕事もはじまって、乾さんという建築家のまた違った側面が見えてくるようになったのではないでしょうか。今日は最新のことをお聞きする中で、乾さんの変わらないポリシーをよりはっきり知れたらいいなと考えています。

さて、今回の延岡のコンペは、そもそもコンペの仕方自体が非常におもしろいですよね。 あれはもう、ちょくちょく行かれているのですか?
乾久美子(以下、乾)
もう結構な頻度で行きはじめていまして、既にこの段階で2週間に1回は行っています。これからもっと頻度は増えるんじゃないかなと思っています。

延岡のプロジェクトそのものは、下準備として3年くらい前から始まっていたらしいです。役所が市民の意見を聞き取りするためにワークショップや委員会を開いたりする期間が3年ほどあったらしいです。その意見を集約して基本構想がまとめられました。
それを踏まえて今回のプロポーザルが行われたんです。ただし、選ばれたのはいわゆる建築の設計者ではなくて、直接設計に手をださないデザイン監修者っていう立場。
私は、基本計画と呼ばれるような、つまり土木だと予備設計のようなたたき台をつくる役割です。複数の施設が集まる時の全体のコンセプトを作ったり、大雑把なレイアウトを行って、次の人に渡すという役割です。来年度に行う予定のプロポーザルなどで、施設の設計者を選べる状況をつくるのも私の仕事です。まずは今年度が正念場で、いろいろな枠組みを決めなくてはならない。その後複数の設計者にプロジェクトを受け渡すのですが、それぞれの設計が全体のコンセプトにマッチしたものになるかどうかについて、5年後の最後まで、見守り続ける役割を期待されています。
倉方
市の方々は、なぜそのような方向で動いて行ったんでしょうか?
市の職員の方々やまちづくりに関わる市民団体の方々がまちづくりに対して危機感を覚えておられ、これまでのやり方ではまずいという認識を強くお持ちです。どういうやり方がよいのか、どういう方に相談すればよいのかを広くアンテナを張りながら探っておられた時に、ある方からのツテでstudio-L代表の山崎亮さんにお会いされたようです。他の方からもいろいろアドバイスを受けているうちに、デザイン監修者という全体のデザインに責任をもつ人と、studio-Lというプロとしてコミュニティデザインができる人のツートップ型でプロジェクトを進める方向がみえてきたようです。
昨年度の1年間は、山崎さんが延岡の市民活動の事情をリサーチされたようです。今後も引き続きリサーチは続くのですが、昨年度で延岡市民の方々の活動はかなり活発であることが解った。それで、この市民の活動を駅周辺に結集させて、駅に活気を取り戻す力にするというシナリオを立てられました。
これからも引き続き、山崎さんがコミュニティデザインの責任者として、市民の意見を引き出したり、集約してくださります。そうしてまとまった市民の意見と、事業者であるJRや宮崎交通、そして県、市などの意見とのバランスをとりながら、市民と事業者の両方がおたがいに満足し、納得するような形にもっていくつもりです。
倉方
こうした取組は、おそらく市の内部に意欲ある方がいて可能になったと思いますが、根本的に、なぜそこで外部の人間が必要とされたんでしょうか? これは乾さんのお考えでいいですけど。
市の職員の方々もユニークで優秀な方が多いのですが、まちづくりセンターなどの市民団体のパワーにも圧倒されます。さらに、地元の設計事務所の方々による設計連合という団体などもあって、彼らは切磋琢磨している感じです。
彼らに共通するのはまちづくりに対する危機感です。補助金をもらってハード整備すればなんとかなるというような考え方はもっておられません。また、一過性のイベントはもううまく行かないことも理解されています。しかしながらそれに変わる方法論が見つからず、苦戦されていたのかと思います。しかし、苦戦していく中で、まちづくりを考えるコミュニティが市の職員、市民団体、商店街の方々などの区別を超えて形成されていったのだと思います。そして、そのコミュニティの中から、なにか外部の知見が必要という意見がでてきたのだと想像しています。
倉方
外部の知見といっても、普通は土木コンサルタントに投げるくらいですよね。延岡のコンペはプロポーザルに呼ばれた方々も若々しくて、景観デザインの星野裕司さんがいたかと思えば、実作としては決して大きなものを手掛けているわけではない西田司さん、山代悟さんや田井幹夫さんがいらしたりと、幅が広いですよね。そこに立役者がいたとしても、やはり、ああしたコンペが実現したのは不思議な感じもする。話を伺って、段々理解はしてきましたが。
不思議ですよね。私の非常に浅い知識からの説明で申し訳ないのですけど、バックグラウンドを整理します。まちづくり三法(※1)が90年代後半に整備されてから、自治体のやる気次第である程度いろいろなことが可能になりましたね。しかし現実の運用をみると、ハード整備や一過性のイベントなどに始終しているケースが多いようです。補助金の仕組みが整備され障害がとりのぞかれたはずが、やっぱり効果があがらないわけです。
そこから、原因は予算の有無などではなくて、もっと違うところにあるのでは?ということに、多くの方が気づきはじめたのではないかと思います。問題なのは予算ではなく、方法論であったりアイディアではないのかと。
今回、プロポーザル前は、こうしたまちづくりについてほとんど理解をしていなかったので、可能な範囲でまちづくりや市民参加、景観などの本をあたりました。これまでの経緯をある程度理解しておきたかったからです。これまでどういった試みがあって、どういった失敗があったのかを知っておかない限り、時代的にずれた提案になるだろうと心配したのです。そうしてわかってきたのが先ほどのような構図だったのですが、今回のプロポーザルの要項を読み込んでいけばいくほど、同じような時代感覚でとらえた構図を前提としているように感じました。
※1: 都市計画法、大規模小売店舗立地法、中心市街地の活性化に関する法律の3つの日本の法律の総称。1998年に施行され(大店立地法のみ2000年施行)、2006年に改正。
倉方
なるほど。あのコンペでは具体的にどういった資質が求められていたと思いますか?
全くわからなかったですね。
今年の1月末に、延岡市の職員の方と事務局の方が一緒にみえて、プロジェクトの説明とデザイン監修者について説明されました。それで、デザイン監修者を選ぶプロポーザルやるのだけど興味ありますか?と聞かれたわけですが、さっぱりわからない。
その時、山崎さんの存在を知らされなかったこともあり、デザイン監修者といわれても、よくわからないなぁって。そこで、例えばニュータウンの計画等でいうところのマスターアーキテクト(※2)みたいなものを想像したのですが、しかしマスターアーキテクトというと、相当なキャリアをもつ建築家とか、都市系、そして都市論に強い方のイメージが強いですよね。そんなふうに考えると、意匠系の若い設計者に掛ける理由がよくわからない。つまりは、彼らの意図がよめなかったのです。しかしまあ、プロポーザルに参加するというお手伝いぐらいはできるでしょうという気軽な気持ちで参加を決めました。

その後、要項を読み込みはじめたのですが、彼らが答えてほしいと考えている問題は整理されていたので、それらに単純に回答するだけでいいのかと思いました。
彼らが望んでいたことは、いわゆる地方都市、鉄道駅周辺の中心市街地が抱える現状の分析、その分析を踏まえた延岡市の分析、分析を踏まえた上での簡単なアイディアを発表することでした。また、市民参加についての考えも求められました。さらにデザイン監修者という業務に対する認識についての意見を述べろとも書いてあるのですが、一般名詞でもなんでもない「デザイン監修者」を自らが設定しておいて、それが何か答えろといわれてもねえ・・みたいなものもありました。禅問答のようですね。でも、ここが一番大切なポイントなんですね。今ならわかります。
意見でよいということが明解だったので、提案めいた案をつくることを最初から放棄しました。単純に勉強して、彼らと同じ土俵に立っていることを証明するだけでいいのかなと直感的に感じたのです。
プロポーザルの内容は基本的に、延岡の中心市街地の衰退は他の地方と同様の構造的な問題に起因していることを指摘しました。その中には、一般論ですがまちづくりに関わる過去の失敗に対する告発めいた内容もふくめました。
つまり、彼らにとって耳の痛いような内容を発表したわけです。ハードでごまかす時代は過ぎた、痛みを伴うかもしれないけれど、まちの構造が変わらないとまずい時期だろう、それに対して市や市民の方々が本気なんだったら展望は開けるし、いつまでたってもハード整備に頼っていると展望は開けないだろうと申し上げたんです。恐らく、聞いていた人は驚いたと思います。まちづくりに関わる方であれば、そんなことわかっているよというような超基本的な内容でしょうから(笑)。でも、ポイントは市民です。市民の方がこうした構図を知らないことが問題だと思ったので、わざわざでも言うべきだろうと思いました。
延岡の中心は2つの川にはさまれていて、それによって川北、川中、川南というエリアに別れているんですね。で、駅は川北にあるんですけれども、そこが3つのエリアの中で一番衰退しているんですよ。駐車場とスナックがはいる雑居ビルが点々としているような場所なんです。本プロジェクトではその一番衰退している川北を、何とか中心市街地として活性化させたいということがそもそもの狙いなのですが、それに対して、中心市街地として元に戻さなくてもいいのではないですか?ということも発表しました。彼らの望みを無視しているわけで、選ばれる立場からの意見としては、意外なものだったと思います。
※2:広域に及ぶ集合住宅地整備等でおこなわれるデザインコントロール手法の一つ。まとまりのあるまちの創造を行う。
倉方
駅の周りだけやってもダメですよ、とひたすら言っておられますよね。
川北という駅の周りだけをやっても、延岡市全体がよくなることにはならないというようなことを言いたかったのです。
消費行動が変化し、そもそも人口が減少しつつある時代において、そこにいくら予算を投入しても、かつてのように店がひしめき合っているような商店街には戻らないし、昔のようなデパートがやってくることもない。そうした商業活動だけにたよったまちづくりの考え方ではもう無理なのだから、せめて、これまでにないタイプの住宅街にするとか、何かいい転用方法を考えたほうがいいんではないですかなどというように、もしかしたら、彼らがあまり望んでいないような提案してみたのです。
そもそも、まちづくりは重い課題です。誤解を恐れずにいうと、意匠系の設計者としてはできれば関わりたくない。一番避けたいのは、まちづくりの中心になる市や市民の方々に危機感がなくて、設計者がピエロとか御神輿みたいな役回りを担わされることでしょう。まちづくりではありませんが、「建築家」という名前だけがもとめられていて、実体が求められていないような閉口するケースは他で経験していて、そういう類いの仕事だけは避けたかった。
私はまちづくりの専門家ではありませんから、業績上、このプロポーザルがとれなくてもいいと思っていたんですよ。あえて言いますが、私が今まで得意としてきた分野では全然ないので。だとすると、あとは彼らの本気度が問題だと思いました。彼らが本気だったら私も本気を出さなくてはいけないでしょうし、彼らが本気でないのなら私は関わる必要はないというふうに思ったので、向こうの本気度をはかるべく、これまでの延岡にとってあまり嬉しくない方向を提案したわけです。果たして、マゾヒスティックな反応を彼らは示し、選ばれることになったわけです。
その後、プロポーザルのプレゼンを聞きにきてくださった方の話を聞いていたら、まちのことに対してこんなにはっきり言われてびっくりしちゃいましたよ、はっはっはみたいな反応を示している(笑)。何でそんなに喜んでいるのか分からない。イヤミが伝わっていないのかなと不安になるほどでした。ただ、職員の方に後から話を聞いていると、みんなが思っていたことをはっきり言ってもらってよかったとおっしゃられていたので、まぁ、作戦に意味があったのかなと思っています。
倉方
極めて当たり前ですよね。
極めて当たり前です。調べれば、誰でも書けるような内容です。
倉方
乾さんのプロポーザルを拝見しましたが、実によく勉強して、素直に考えて、分かりやすく書いている(笑)
そうそうそう。学生だとしたらよい成績をもらえるでしょう。(笑)
倉方
ほんと、そんな感じ。乾さんのプレゼンテーションは毅然としていますよね。でもいいのは、プロだと普通、何かの理論とか、過去に手掛けたケースとか、そういうものを支えに、まちづくりの方向性を打ち出したり、解答を与えたりしがちじゃないですか。でも、それって、だからだいたいダメになってしまうともいえますよね。
乾さんがさっきおっしゃった「とれなくてもいい」というスタンスが、すごく大事だと思うんですよ。いわゆる仕事としてそれを手掛けている人には、なかなか踏み出せない。今まで自分がやったことを否定されてしまう訳ですから・・・。
そうですね。
倉方
逆に言うと、意地でも通したいんですね。
意地でも最悪ではないという状態を作って、ぎりぎり「成功」に持ち込んで次につなげないと、仕事にならないから。
たしかに。
倉方
「プロ」のまちづくりって、零点ではないけど及第点くらいの提案でクリアしようなんてことが起きてしまう。そのまちの人にとっては、次は無いから、最高を望んでいるんですけどね。だけど、乾さんの提案はそういうものではない。
たしかに。そういうことかもしれませんね、結果的にね。
2011年6月5日、乾久美子建築設計事務所にて収録。次回【2】に続く
延岡駅周辺
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プロポーザルでの乾氏の提案
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