富井雄太郎
ありがとうございました。聞いていて思い起こしたことがあるので付け加えておきたいと思います。
ひとつは、今、世界各地でFablab(ファブラボ)の展開があり、特に発展途上国の小さな村で3Dプリンタを駆使し、まさに自分たちに必要なものを自分たちでつくっているという状況があります。また、いわゆるBOP(ボトム・オブ・ザ・ピラミッド)と言われるように、世界の人口の大多数を占める低所得者向けの商品開発、たとえば機能を削ったものや小型のものを、安く、大量に提供して成立させるビジネスも大きな流れとしてあります。このあたりは後にディスカッションでトピックになるかもしれません。
では次に、柄沢さんお願いします。
柄沢祐輔
柄沢と申します。よろしくお願いします。
僕は大学時代から建築と情報を同時に学んでいました。また、メディアアーティストの藤幡正樹さんの下でメディアアートの技法や、情報技術についても学んでいました。なぜかと言えば、大学に入学した1995年は、ウィンドウズ95が発売され、インターネットが普及し情報革命が勢いをもって展開した時期でした。そのような時代に建築がどのように変わるかということと情報技術を、並行して学ぶ必然性を感じていました。
大学院を出てからは、文化庁派遣芸術家在外研修制度でオランダのMVRDVに在籍しました。それは世界で最もコンピュータ技術を積極的に用いて建築をつくっている事務所だったからです。その後、建築家の坂茂さんの下で主に海外のプロジェクトに携わっていました。そこでは幾何学的なパターンを持った建築プロジェクトを大量につくり出していました。トレーニングとして幾何学を体に染み付かせるような経験でした。
そして、その幾何学とそれまで学んできたコンピュータ技術を組み合わせて何かできないかと漠然と考えるようになり、2006年に独立しました。
コンピュータのアルゴリズムという手法を用い、建築を構成するベースとなる幾何学を一からつくることができるのではないかと思い至りました。そのような実験は当時世界でも散発的に起こっていましたが、それを展開・発展させることができるのではと考えました。
新しい幾何学を持った建築空間のあり方を模索していく中で、そこで実現する建築のエッセンスを一言で言ってしまえば、「バラバラでありながら、ある種まとまった状況」ということになります。つまり、原さんがおっしゃっている"Discrete"、「離散」という概念と深い関係があると考え、今日のシンポジウムを提案させていただきました。



事務所を設立して最初につくったのは、建築ではなくCADです。これはXY軸のユークリッド幾何学ではない、非ユークリッド幾何学のパターンをコンピュータで制御するというものです。そして、そのCADを用いることで建築をつくろうという試みでした。それによって手では描けないような、XY軸では制御できない不思議なかたちの図像を沢山つくることができます。





これはそのCADを用いて建築を実現しようと思っていたところで舞い込んできた仕事に応用したものです。「House in Oyamadai」というプロジェクトで、2006年頃につくったプランです。小住宅のトップライトにその非ユークリッド幾何学を、その下部にはユークリッド幾何学を埋め込み、両者をモーフィングすることで中間形態を生み出そうというものです。ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学による中間形態に、この非ユークリッド幾何学による上空からの光が差し込むことで、不思議な知覚効果を期待しています。
内部空間は入れ子になっていて、ボックス状のバスルームや水回りの上にベッドルームがあります。非ユークリッド幾何学は自然の中に内在する論理でもありますが、ベッドルームのトップライトから雲などの自然を眺めるという構成になっています。



これはそのような幾何学の造形をさらに立体的に展開したプロジェクトで、秋葉原の再開発計画です。ディベロッパーから依頼されたものでしたが、実施の手前の段階で止まってしまいました。音を波形グラフに置き換えるフーリエ変換という手法がありますが、そのグラフに立体的な周期性を与えて上下させた人工地盤をつくっています。下がった部分にテナントが入り、上がった部分が連続した動線になります。内部は、高架下のグリッドとこの人工地盤の幾何学が立体的に絡みあうように展開しています。



これは素数でつくったネットワーク構造の幾何学によるプロジェクトで、テーブルをデザインしました。このテーブルの一辺はそれぞれすべて素数でつくられていて、空間充填型のパターンを用いた幾何学になっています。それらをパズルのように組み合わせることでミーティング用のテーブルとして使うことや、ひとつひとつバラバラにして使うこともできます。空間を埋め尽くすように無限増殖させることも可能で、たとえば床に補助線としてパターンを引き、そこで自由に配置して使ってもらうということも考えました。



そのようなことを考えている中で、ようやく住宅が一軒完成しました。これは千葉県君津市の南房総国定公園の雄大な風景を望む別荘地の斜面に建つ「villa kanousan」です。
これはダイアグラムですが、風景の中にひとつのボリュームがあり、その中は田の字型平面で分割した4つの部屋が1階・2階に重なっています。その単純な平面の交点を15度ずつずれたキューブがくり抜くことによって、各部屋を繋いでいます。キューブの回転の初期値は、雄大な風景を望む敷地の斜面から取り出してインプットしたものです。そうすることで、自然と調和しながらも、コンピュータの演算によってできたキューブが空間をくり抜いていく、という入れ子構造になっています。









実際の建築の写真です。壁・天井・床を異なるキューブによってくり抜くことで、何百もの少しずつ違った角度が生まれ、多様な空間が連続する状態になっています。すべての空間はキューブによるヴォイドで繋がっているので、プライバシーをある程度守りつつ家族の気配などは感じることができます。光が反射し、多様に、刻一刻と表情を変えていきます。くり抜くだけの単純な操作ですが、ドアを開けるごとにまったく違う部屋が展開していきます。個々に違った空間をネットワーク状にリンクさせて、最後には全体的なまとまりを持つような空間性を目指しています。





これはInterCommunication Centerで行われた「可能世界空間論—空間の表象の探索、のいくつか」という展覧会で提示した、「中心が移動しつづける都市」というものです。これは現在、芝浦工業大学の八束はじめさんの下で都市の研究をしているのですが、その成果の一部として、プログラムと模型のインスタレーションを行いました。
会場には8m×3mの大きさの模型があり、その前面にスクリーンが映し出されています。映像は、経済状況に応対して変動する都市を示すシミュレーションになっています。これはノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンが提示した都市の経済モデルが元になっていて、都市が自然状態から生まれた後に、都心部と郊外に確実に格差が生まれ、時間軸に従ってその差が大きくなり、繁栄する中心と荒廃する郊外にわかれてしまうというものです。ここではそのモデルを逆手に取り、格差が進行した時にその繁栄した中心を郊外へと移動させることで、格差を是正できるのではないかと考え、ソフトウェアをつくりシミュレーションを行いました。
格差が広がっていき、その差が最大となった瞬間に行政が中心地を潰して郊外へと移動させる公共政策を実行します。マクロな経済政策に関与する都市モデルです。
同時に空間モデルも提示しようと思い、多極中心の都市をフィボナッチ数列を用いてつくりました。これもそれぞれ個別に違うものでありながらも、連続して繋がっていくというものです。それはニューヨークの単純なマンハッタングリッドとは違う、新しい多極中心・分散モデルとしてあり得るかもしれないと考え、提示したものです。



そんな最中に、中国の関係者から瀋陽市の中心部を再開発する都市計画の依頼があり、このモデルを応用できるのではと考えました。
これは「瀋陽市方城地区計画」というもので、2年ほど前からやっています。瀋陽市は北京の北にある地方都市で、中国で3番目に経済発展を遂げています。また、今後、観光客の増大が見込まれています。中心に世界遺産の故宮(中国にふたつしかないうちのひとつ)があり、その周りの典型的な9スクエアグリッドによってできた旧市街をどう再開発するかという計画案です。満州鉄道の史跡や、文化的な遺産もありますが、パリのルーブル宮のようにハイブリッドな状況として活かすことが求められました。
これは当時3週間ほどでまとめたスキームです。プログラムとしては、中央にグリーンベルトの大動線を設け、その北側にはアメ横のようになカジュアルな商店街、南側には表参道のようなブランドショップを用意しています。さらに文化施設を集約させた街区を用意します。
そのようなプログラムの配分をした後に、全体を統括するアイデアとして大規模な地下都市の提案をしました。地下空間は気候が変わらないのでエネルギー効率がよく、サステナブルであるということや、上海や深センなどの高層ビルを主体とした都市開発に対抗するということもありました。地下空間の例として日本には大谷石の石切場があり、文化的なイベントにも使われています。また、中国にも地下住居のヤオトンがあります。



地下都市内部のネットワークをつくり出す幾何学として、ひまわりの花の種の配置から抽出したフィボナッチ数列を用い、さらにそれを立体的に上げ下げさせて錯綜したものにしています。これは瀋陽の既存都市にも呼応させています。
ボリュームの比例関係をフィボナッチ数列に置き換えて拡大縮小させ、連続させています。それが地下に無限に広がっていき、地上の9スクエアグリッドの都市ともネットワークされます。個々の場所が変化しながらも繋がるというのは、「villa kanousan」やICCでの展示とも連続した考え方です。







地下都市の透視図です。メガボリュームのショッピングモールが地下をくり抜いていきます。その下には地下鉄、駐車場が配されています。地上には故宮などの既存文化施設、大動線や広場があります。屋上はそれぞれ高さが異なるさざ波のような起伏を持った空中庭園を配列し、回遊できるようになっています。ところどころに地下へとアクセスする大きな開口があり、動線になっています。
幾何学のアルゴリズムによってくり抜かれた動線の空間は、スタディもしましたが、それ以上に複雑で予想のできないようなものが半自動的にできていきました。これはコンピュータを使わなければできなかったものです。
地下鉄の工事が遅れているため、まだ実際の工事は始まっていませんがゆっくりと実現へ向けて動いています。







最後に、埼玉の大宮駅前で計画している小住宅で「s-house」というものです。来年5月に竣工予定です。
ここでは中国の都市計画で提案したような上下する幾何学を、ヴォイドではなくマッスとして展開させています。新しく定義されたネットワーク構造を空中に錯綜させることで、かつてなかったような住宅ができないかと考えました。基本的には上階と下階のスラブが入れ違いに交錯する幾何学なのですが、それによって小住宅でありながら多様な場を生み出しています。しかもそれらはカオスではなく、連続性や法則性を持つ場として実現できないかと考えて計画を進めています。
階と階の間にズレがあり、それらが干渉し合い、かつ対角線上に抜けるヴォイドが設けられていて、そこから一番遠いところが見えてしまうという不思議な構成になっています。周囲は庇が取り巻いていて、その一部がスラブと連続することで、個々の空間がそれぞれ個別の特徴を持ちながら全体としてまとまった一体感を与えています。

このような実践をしていますが、情報化の時代に応答する建築を考えるにあたって、アルゴリズムがひとつのきっかけになるだろうと考えています。それを展開させることで、多様なバリエーションを持ったネットワーク構造が取り出せます。そのようなアルゴリズムによってできる建築は、全体性を持ちながらも部分が個々に自律性を持っているというもので、原さんがおっしゃる"Discrete"という概念に近いイメージを持っています。
今日はそのような意味で、"Discrete"のさらなる可能性について意見交換ができれば幸いです。
富井雄太郎
ありがとうございました。短い時間の中にかなり多くの情報が詰め込まれた内容でした。柄沢さんは、それぞれの建築の個別性、たとえば住宅には固有のクライアントがいて条件が違って、というようなこと以上に、情報化社会や時代性といったものが持っているであろう、ある美学をモデルとして結晶化させようという意思が感じられます。
以前、あの中国・瀋陽の巨大プロジェクトを建築家としては単独で設計されていると聞いた時はとても驚き、耳を疑いましたが、実現へと動いているようです。圧倒的なスピードで行われる都市開発の状況に、建築家としてどう対応するのかという倫理的な問題も含まれてくると思います。 後半はそのようなことも踏まえてのディスカッションとなります。

次回[3]へ続く。
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