イベントレポート
■講座趣旨:

Aプロジェクト20周年記念プログラム第二弾のテーマは「21世紀の住まい」です。前回のシンポジウムでは、戦後の日本の住まいの形式や、住まいのあり方の変遷について工業家住宅を軸に話しました。
今回は次のふたつのテーマについて話していただきます。
ひとつ目は、これからの住まいにおいて、戸建住宅をどのようにつくり、どのように住まうかです。少子高齢化とともに格差社会が広がり、家族のあり方も大きく変化しつつあります。シェアハウスやグループホーム、あるいは同居や近居といった新しい住まいの型が見えてきています。それは、家族ってなんだろう、家ってなんだろうといった、人間が生きるための根本的な問題を改めて提示しています。果たして今後どのような住まいが考えられるのでしょうか。
ふたつ目は、どこに住むかという問題です。この激動の時代にどこに住んだら快適な生活ができるのか。相変わらず都会暮らしが人気ですが、反面、地方再生が唱えられ、地方のまちづくりが声高に叫ばれています。それらは果たして定着していくのでしょうか。
今日は世界中を飛び回り活躍している西沢立衛さんと、その教え子であり、生まれ故郷の浜松に戻って建築活動をしている辻琢磨さんのふたりの建築家をお招きして、じっくりお話をお聞きしたいと思います。

ミサワホーム株式会社
Aプロジェクト室 室長
大島 滋




■日時:2016年4月21日(木) 19:00〜21:0
■ゲスト: 西沢立衛×辻琢磨×橋本純
■会場: 新宿NSビル16階インテリアホール
■主催:ミサワホーム株式会社 Aプロジェクト室
リーフレット
 
■登壇者紹介

西沢立衛
建築家。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA教授。1966年東京都生まれ。1990年横浜国立大学大学院修士課程修了、妹島和世建築設計事務所入所。1995年妹島和世と共にSANAA設立。1997年西沢立衛建築設計事務所設立。主な受賞に日本建築学会賞、村野藤吾賞、藝術文化勲章オフィシエ、ベルリン芸術賞*、プリツカー賞*。 主な作品に、ディオール表参道*、金沢21世紀美術館*、森山邸、House A、ニューミュージアム*、十和田市現代美術館、ROLEXラーニングセンター*、豊島美術館、軽井沢千住博美術館、ルーヴル・ランス*等。(*はSANAAとして妹島和世との共同設計及び受賞)

辻琢磨
1986年静岡県生まれ。2008年横浜国立大学建設学科建築学コース卒業。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。2010年Urban Nouveau*勤務。2011年メディアプロジェクト・アンテナ企画運営。2011年403architecture[ dajiba]設立。現在、滋賀県立大学、大阪市立大学非常勤講師

橋本純
1960年東京生まれ。1983年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1985年同大学大学院修士課程修了。1985年株式会社新建築社に入社、『新建築』、『住宅特集』、『JA』の編集長、『企画編集部統括』などを経て、2008年から同社取締役。2015年株式会社新建築社を退社。2015年株式会社ハシモトオフィスを設立。現在は、株式会社ハシモトオフィス代表取締役、株式会社新建築社社外取締役、東京理科大学非常勤講師

[辻琢磨プレゼンテーション]

私は彌田徹と橋本健史と三人で403architecture [dajiba](以下、403)という設計事務所を静岡県の浜松という場所で主宰しています。私たちの活動自体は小さな改修や増築のプロジェクトが多いのですが、今日は「21世紀の住まい」というとても大きなテーマについて、小さなことから話してみたいと思います。私は横浜国立大学を卒業し、その後Y-GSAに進み、西沢さんのスタジオで半年間学びました。Y-GSAを修了後、私が浜松出身だったことがきっかけで、横国大で同級生だったふたりと浜松で独立することになりました。この4月でちょうど5年になります。
まず簡単に浜松について説明します。地理的には東海道の真ん中に位置し、戦争で大空襲を受け、街は焼け野原になりました。もともと江戸時代から繊維産業が発達していて、その繊維工場が軍需工場に移り変わったため、集中的に狙われたという背景があります。戦後、その繊維工場から派生して自動車産業が始まり、結果的にスズキとホンダとヤマハの創業地として、今もそれらの本社や工場がある産業都心になりました。2004年に広域合併をしたことで、遠州灘から日本アルプスにわたる非常に広い市域を持ち、平地も多いので郊外型ショッピングモールがたくさんあります。さらに、私たちがフィールドとしている中心市街地は、モータリゼーションの影響もあって典型的な地方都市同様に空洞化が叫ばれています。駅前にあった百貨店は10年間廃墟となっていて、街中の一等地が大きな廃ビルによって占拠されているような、典型的な地方都市だと言えます。
今日は4つのテーマに則して、自分たちの活動を織り交ぜながら、住まいについて、あるいは都市と住まいの関係について話したいと思います。
マテリアルの流動
 
「マテリアルの流動」は私たちのひとつのテーマになっている言葉です。私が学校で建築を学んでいた頃は、1箇所の敷地にさまざまな素材を集めて、その素材の時間をそこで固定することで建築をつくり、その建築をつくることがどのように都市に影響を与え得るかということを入念に教わってきたように思います。私たちが今取り組んでいることは、その教育に多大な影響を受けつつも、少し違っているなと思う部分もあります。まず私たちは、都市や建築を、固定された状態というよりも、流動状態の途中でたまたま停滞しているような感覚で捉え、設計をしています。それを「マテリアルの流動」という言葉で表現しています。たとえば、4畳半の寝室の床だけを扱った最初のプロジェクト《渥美の床》(fig.01)では、寝室の天井の野縁を解体した際に出た廃材を床に落とし、敷き詰め、やすりをかけ、微細なランドスケープを持った、畳とフローリングの中間のような床をつくりました。プロジェクトが個別に存在するのではなく、解体された天井とつくられた床、移動するマテリアルが自分たちにとっての建築だと思って設計しました。

Fig.1:《渥美の床》
© kentahasegawa

 
その次のプロジェクトは、美容師夫婦が営む美容室の休憩スペース《三展の格子》(fig.02)です。これも2uほどの小さなスペースです。ひとりが髪を切っているときにもうひとりは休めるように、視線は遮りつつ開放的な場所が欲しいというオーダーをから格子状の構造で囲われた空間を設計しました。もともと美容室が入居している共同ビルと呼ばれる戦後のRC造の屋上にあった木造のロフトが解体されることになり、その美容師の方がロフトを素材に使いたいということで、解体し資材を確保しました。すぐ近くに8階建ての立体駐車場があり、空洞化もあって8階になるとほとんど車がいない状況で、オーナーさんが好意的な方だったので、そこを工房として使わせていただきました(fig.03)。解体した素材を駐車場に広げて、それをCADに取り込み、そこから設計を始めるというプロセスで、素材の総量が限定された状態でした。その素材と敷地の状況、クライアントの要望とを組み合わせて、どのような建築がここでできるかを考えたプロジェクトです。床材をルーバー状の壁材に、根太材を天井の格子組に、小梁だったものを床に敷き詰めています。それぞれ違う部材ごとに構成を再編集し、全体をRCの躯体から吊っています。

Fig.2:《三展の格子》
© kentahasegawa

Fig.3:《三展の格子》施工風景
都市に住む
 
「21世紀の住まい」ということで、私が考えたのは「都市に住む」ということです。私たちの事務所の特徴として、ある限定的な範囲で活動をしているということがあると思います。これは半径300mの円の中に私たちの事務所とこれまで関わったプロジェクトのプロットです(fig.04)。5年間で30ほどのプロジェクトを実現できたのですが、そのうち半数以上がこの円の中に収まっていて、街全体で建築をつくっているような感覚を持っています。私も彌田も橋本も事務所(fig.05)に住んで、最初の2年間は共同生活をしていました。建築を考える場所と自分が生活する場所と建築が実現する場所が物理的に近いということですね。都市に住むことがどういうことかと考えると、生活というよりはいかに都市をどう「使い倒すか」ということが、住まうことと近いと感じています。都市の素材や場所、空間、人をどう使い倒していくかが、その都市で住むことになるのではないか。自分の家や事務所を超え、ダイレクトに「都市の幸」みたいなものを享受できる環境を目指したいのです。

Fig.4:半径300mを中心としたプロジェクトの分布

Fig.5:《渥美の個室》
© kentahasegawa
 
まず素材を使い倒すということからお話します。さきほどの《床》も《格子》もそうなのですが、もうひとつ、中古家具屋の倉庫をつくるプロジェクト《頭陀寺の壁》(fig.06)では、近くの運輸会社から廃棄予定の木製のパレットをもらってきて、パレットをひたすら解体し、貼り合わせて小窓のある倉庫の壁を設計施工しました。街にある素材をなるべく掬い上げるということです。

Fig.6:《頭陀寺の壁》
© kentahasegawa
 
次は空間を使い倒すということについてです。先ほどの美容室の古いビルも含め、同じ建物の中に自分たちのプロジェクトが3つ入っています(fig.07)。先ほどのビルから徒歩1分にある別の共同ビルにも3つあります(fig.08)。共同ビルは戦災で焼けた後に防火帯建築として流行した建物の形式なのですが、それが今では権利関係が複雑で、建て替えが難しく残ってしまった。不動産価値はほぼないのですが、私たちの世代からするとすごく雰囲気のある建物なので、それに触発されたクライアントたちが私たちに仕事を断続的にお願いしてくださって、市街地に生まれてしまった隙間に自分たちが活動できる場所が、いくつか近接して生まれている状況です。また設計以外の活動として、商店街の方とまちづくりのイベントをしています。昔は生活動線として使われていた細い路地を街の資料館のような場所にしようという活動をしたり、先ほどの美容師さんや若い商業者の方と協力して、市街地のビルの屋上をキャンプ場にしたり(fig.09)、その駐車場で大きなデザインイベントを開催したり(fig.10)、いかに空間を違った視点で捉え、その価値を再確認し、いろいろな人に伝えていくかが重要だと思っています。

Fig.7:三展の共同ビル

Fig.8:カギヤビル

Fig.9:CAMPGARDEN
© yoichinakamura

Fig.10:DESIGNEAST 05, camp in Hamamatsu
© aokiharuca

 
それから人材、スキルを使い倒すということについてです。先ほどのデザインイベントはかなり大きなイベントで、レクチャーやマーケット、ワークショップなど複合的にイベントを行うときに、グラフィックデザイナーや大工さんのスキルが必要で、自分たちに足りないスキルがいくつかありました。そのときに自然とグラフィックデザイナーはこの人だねとか、自分たちが活動している中で見えてくる人材やスキルがあります。先ほどの共同ビルもそうですが、街の性質や、どういう素材がどこにあるかを活動しながらリサーチをしている感覚です。また、先ほどのパレットの解体現場を手伝ってくれたのは私の高校の同級生です(fig.11)。釘をひたすら抜いたりする作業自体はそこまで危険もないですし、プロフェッショナルなスキルを持たない素人でもできる。こうしたスキルというものも、自分たちを支える資源だと思っています。

Fig.11:《頭陀寺の壁》施工風景
 
共同ビルに入居しているショップインショップ《ニューショップ浜松/鍵屋の敷地》(fig.12)では、内装設計と運営の仕組みを自分たちで計画しました。3.5寸角の杉材の断面が月100円で貸し出され、小さなお店がいくつも展開される仕組みです。買うことに対する需要に完璧に答える郊外の大きなショッピングモールに対して、市街地で物販店を成立させようと思ったときに、ものを売りたいという需要に対して答えるという考え方があり得るのではと考えたのです。つまり、誰でも簡単に自分のお店が持てる。自分のつくったものを売りたいという需要に応えるプロジェクトです。

Fig.12:《鍵屋の敷地》
© kentahasegawa
 
このような活動を続けていると、だんだん都市に自分の庭が広がっていくような感覚になってきます。プロジェクトと生活が混ざったような活動を通して、他人の場所でもないし自分の場所でもないような場所が少しずつ増えている。その延長に「都市に住む」ということがあるのではないかと思い、活動しています。
都市に住まいを流し込む
 
具体的な建築の実践としては「都市に住まいを流し込む」ということを考えています。ここで都市と呼んでいるのは、さまざまな人が関わる場所を指しています。たとえば、美容室に休憩スペースを流し込むと、単にお店というよりは住宅とお店が混じり合ったような場所になっていく。共同ビルのプロジェクトでは、階段状のロフトスペースを持ったゲストハウス《鍵屋の階段》(fig.13)があります。今流行っているAirbnbで貸し出される場所です。このロフトスペースは階段の先がベッドルームになっていて、高さが1,500mmずつなのでロフトスペースの下も場所として使えるようにして、階段の蹴上も椅子とテーブルになるようにつくっています。クライアントはオーストラリア人で、外国人を積極的に浜松に呼びたいと考えている人です。そのときに通り一辺倒の観光というよりは地元の文化を知ってもらいたいということで、このような形態のサービスになったそうです。クライアントが自分のスタジオとして使っていた場所に、住宅のような機能を流し込んだということです。

Fig.13:《鍵屋の敷地》
© kentahasegawa
住まいに都市を流し込む
 
逆に「住まいに都市を流し込む」ことも大事です。《海老塚の段差》(fig.14)は、市街地から少し離れたところにある団地に近い賃貸マンションの一室です。この団地は1階の基礎が1m上がっていて、床をはがしてその1mの床下空間を活用するように改修し、3.2mの天井高を持つ空間をつくりました。天井高が高いところにフローリングを、低いところにコンクリート平板を敷いて空間の開放性の序列を崩そうとしました。結果的にこの一室は洋服屋兼住居になり、住み手は段差の上を洋服屋として、下を居住スペースとして利用していました(fig.15)。

Fig.14:《海老塚の段差》
© kentahasegawa

FFig.15:洋服屋兼住居として利用された《海老塚の段差》
© kentahasegawa
 
これは代々木上原駅に近い通り沿いにある《代々木の見込》(fig.16)というプロジェクトで、築24年の町家の敷地割に対して無理やりはめ込まれた3LDKの住宅の改修です。もともとの間口が3mで、左側の半間が玄関、右側が出窓スペースになっていました。そのファサードを大きな開口に置き換え、開放的な玄関をつくりました(fig.17)。両側にお茶屋さんと防災設計施工の事務所があるのですが、その形式に倣って、連続する街並みをつくっています。クライアントは都内に勤める若いサラリーマンで、週末は海外で買い付けた趣味の雑貨を売りたいという要望や、ゆくゆくは人に貸してカフェができるような場所を求めていました。このような住宅と街の間にあるような場所を積極的につくることも重要だと思っています。

FFig.16:《代々木の見込》
© kentahasegawa

Fig.17:《代々木の見込》
© kentahasegawa
 
都市が水のように流れている状態だとすると、自分たちのプロジェクトはその水の中に生まれる渦のような関係性を持った状態だと思っています。渦はどこからが渦でどこまでが渦でないかということが分からない、そこにこれからの生活や建築を考える上で可能性を感じています。流動状態が前提にある魅力的な自然現象です。
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